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海外バイクツーリング冒険記 アフリカ編5 ~アラブの友人と二人乗り!チュニジアの山村を旅す~

【円高?円安?どっちにしても日本とチュニジアの友情は最高だ!】

 

1986年、僕が海外バイクツーリングに出発したとき、

出発前には1ドル190円くらいだった円ドルレートが、

旅行中にグングンと円高が進み

1ドル150円台まで上昇!

(円安の現在と同じ程度ですが、この時は円高と呼ばれていました!)

 

その後は…日本経済⇒失われた30年!と言われる低迷。

そして現在の、極端な円安・・・!

2023年1月時点で132円だったのがなんと9月26日現在148円!

日本は世界3位の経済大国と言われていたのに、円安になっています。

 

1986年当時は、どんどん日本「円」が強くなっているということで、

旅行中にも日本人ということで信用してもらえるという

追い風みたいな空気を感じていました。

 

さて、今回のテーマは、

海外バイクツーリング冒険記 アフリカ編5

~アラブの友人と二人乗り!チュニジアの山村を旅す~

 

ぜひ、お読みください!

(‘◇’)ゞ

 

 

(この冒険記は1986年当時の日記とアルバムを基にした書き起こしです)

 

1986年9月22日

 

【最高!チュニジアの友人と二人乗りでツーリング】

 

チュニジアのカスリーヌのホテルで朝を迎えた。

 

この辺りは、アフリカといっても、最も北の地域で、

しかも1000m級の山間にあるので、とても涼しい。

 

このホテル、夕食は美味しかったのだが、

チャックアウト時に、「夕食のビール2杯で3.6TD(650円)」を請求された!

(他が安すぎるので)ちょっとぼられたかな!?と思ったが、

昨夜友人になったアーメッド氏がホテルの従業員と友人だったし、

預けたパスポートのこともあるので、素直に支払った。

 

※本来アルコールを飲まないアラブだから、ビールは高くても仕方がないかも※

 

いいこともあれば、こういうこともある。

ここはアラブ、アラーの世界だ。

 

昨夜、カフェで友人になったアブデルアジズ氏&アーメッド氏、

今日はこの街を案内してくれるという約束をしたので、

朝のカフェで待ち合わせだ。

 

待ち合わせのカフェに着くと、

フランス語の先生アーメッド氏が先に来ていた。

彼は、とても知的な顔をしていて、信頼できる国際人というイメージの立派な紳士だ。

 

15分ほどして、アブデルアジズ氏登場!

すごく親切で、おおらかで、口癖は「No Problem」という、

失業中だそうだが、マイペースで余裕のあるヤングマンだ。

 

今日は、アブデルアジズと一緒に、Mt.Chambi(シャンビ山)に登るのだ。

 

といっても、アブデルアジズの車プジョーは、山道用ではないので、

途中で彼の友人の家に、彼のプジョーと僕の荷物を預けて、

僕のバイクに二人乗りして山に登ることになった。

シャンビ山の麓は、迷いそうなくらいのオフロード(未舗装路)が

縦横無尽にあちこちに張り巡らされている。

二人乗りのバイクで、苦労しながらやっとシャンビ山の入り口にたどり着いた。

 

すると、なんとゲートがあって、中に入れてくれない!

許可証が必要だという!

 

アブデルアジズによると、観光客向けのビジネスで、

ランドローバーに乗せて山頂に案内する商売をしていて、

それ専用にして、あとは締め出しているようなのだ。

 

アブデルアジズは、街で許可をとって、明日また来ようと言ってくれるが、

僕はここであきらめることにした。

 

 

【民族衣装のお母さんにクスクスをご馳走になる】

 

それから、彼の車と、僕の荷物を預けた彼の友人の家に戻ると、

たくさんの子どもが集まってきた。

そうこうしていると、民族衣装に身を包んだその家のお母さんが、

僕らにクスクス(料理)とカクタス(果物)をご馳走してくれた。

 

クスクスはボリュームたっぷりで、辛いけどとても美味しい料理だった。

 

石と土とブロックで作った台所で、一つのボウルに入ったクスクスを、

アブデルアジズと二人で、スプーンですくって食べた。

水も、二人に一つの器に注いでくれた。

水は明らかに井戸水だったので、口を湿す程度にしておいた。

 

アブデルアジズがナイフで上手に向いてくれたカクタスは、

辛いクスクスのデザートにぴったりの、枇杷のような味だった。

(赤いカクタスより、緑色のカクタスが美味しかった)

 

食事をご馳走になったあと、

子ども達と家の前で記念写真!

アブデルアジズは、今夜は家に泊まっていいよと勧めてくれたけど、

後ろ髪をひかれながら、次の目的地へと出発することにした。

 

 

【不覚にも転倒( ;∀;)苦手の自称ガイドに助けてもらう】

 

カスリーヌを13時に出発。

スィベルタまでは道が良かったので、飛ばしてあっという間だった。

「地球の歩き方」にも載っていない、すごく大きなローマの遺跡があった。

 

遺跡の向こう側は、ちょっとしたキャニオンのような谷になっていて、

谷底は砂地で、バイクで走ってみると大迫力だった。

 

反対側の小高い丘に登っていくと、昔の雰囲気を残した村があり、

未舗装路をぐるっと一周して、キャニオンに戻れるというコースだ。

 

ちょっと難所だなという道に入り込んでしまったので、

歩いて下見をして、慎重にキャニオンへ降りた。

しかし、岩の上に砂がたまっていて、滑って転んでしまった。

 

転んで苦労していると、

本当は大の苦手の「自称ガイド」のお兄ちゃん(子ども)が、

近寄ってきて、助け起こしてくれた。

 

助けてもらった後、

ここで見つけたという怪しいローマ時代のコイン(3TD)や、

民芸品を売ったり、遺跡のガイドを2TD~3TD(400円~600円)と売り込んだりしてくる。

 

助けてもらったけど、ぼったくりのガイドはいらないので、

僕の写真を0.5TD(100円)でとってもらうということで交渉成立。

 

その写真をとってもらっていたら、

また岩の上の砂で滑って転んでしまった!!

そして、また助けてもらってしまった。

そうこうしているうちに、自称ガイドの子どもたちがどんどん寄ってきたので、

早々と退却した。

 

転んでブレーキレバーを半分折ってしまったが、走行にはなんとか支障がない。

 

 

【パンツまで濡れた( ;∀;)ガソリンスタンドの兄ちゃんの失敗】

 

気を取り直して、地中海目指して南東方向へとオフロードをひた走った。

 

Sadaguia (サダギア)から、Sidi Bouzid(スィディブジド)へ抜ける道は、

ほとんど廃道という感じ。

標識もなにもなく、沢山の枝道があるので、迷いそうだった。

 

運よくSidi Bouzidに辿り着き、さらにReguebを目指した。

ここは舗装されていて、砂漠の大地を走りながら、

遠くの山々をパノラミックに見られるというスーパーな景色の道だった。

Mezzounaでガソリンスタンドへ!

スタンドのお兄ちゃんは、僕のヘルメットに書いてある

アラビア語の「ノリ」を見て喜んでくれたのは良かったが・・・

話に夢中になってガソリンを溢れさせてしまった。

 

パンツまでガソリンで濡れて、沁みて痛かったけど、

明るいけど抜けているアラブの若者の失敗に、クレームをつける気になど全くならない。

火の用心しながら、乾かして、何事もなかったかのように出発だ。

 

その後、教えてもらった道を、間違ってしまったようで、

オフロードをひたすら飛ばしたが、なかなか地中海までたどり着かない。

 

やっと地中海沿岸までたどりついてみたら、

当初の目的地Sakhira(スキラ)より、20キロも北側にずれていた。

 

 

【アラブの若者が教えてくれた、歌とタムタム】

 

夜のP1を飛ばして、地中海沿いの町GABES(ガベス)へ。

今夜は安くて良いホテルに当たった!

宿泊は3TD(540円)、朝食は0.5TD(90円)だ。

 

このホテルで、KARIMというチュニジアの学生と友人になった。

チュニジアの歌、そしてタムタムを教えてもらった。

彼らは、タムタムという楽器が無くても、

机を叩いて、かなりいいリズムの曲を演奏できる。

2曲教えてもらって、一緒に歌ったら、

周りの人も、ホテルの人も、みんな喜んでくれた。

 

ハラハラーヤババ、ウンジーキンベットヤババ・・・♪

 

チュニジアでも音楽が友人をつくってくれる♪

 

To be continued

 

 

Ps. 最近、アブデルアジズとフェイスブックのメッセンジャーで感動の再会!

1986年には失業中で20年物のプジョーに乗っていた彼、

今は出世して工場幹部となり、高級車アウディに乗っている。

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